スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

入院体験記 4

入院生活は基本的に暇です。糖尿病の場合、手術とか長時間の検査とか大それたものがなく、地道な血糖コントロールが重要なので殊更暇です。病状を教えている信頼できる友人が数名お見舞いに来てくれましたが、それだけで元気を貰えるのだと知りました。私が5歳の時祖父が脳梗塞で倒れそこから10年近くずっと入院していましたが、言語障害など後遺症が酷く、お見舞いと言っても会話などは出来ずただ病室に行くだけで正直つまらなかったと記憶しています。あの時もっと頻繁に行っていればと今更後悔しています。親戚や友人に入院されている人がいる方はお見舞いに行ってさしあげると凄く喜ばれると思います。
9月5日
血糖値→深夜115、起床時111、昼食前342、夕食前142、就寝前277
インシュリン→6‐6‐8
深夜、起床時共に血糖値が良く喜ぶ。採血もなく、お粥にも慣れ、点滴も抜いてもらい入院以降最高の朝。毎食後の血糖測定も無くなったので負担がかなり減った。
午前は心電図の様な検査(アルファベット3文字)、腹部エコー、検尿、検便と前日から引き続き蓄尿。いずれも痛くない検査なので朝から上機嫌であったが、検尿の結果またしてもケトンが検出され昼食前には点滴に逆戻り。しかもこの時看護師さんが2回失敗し3回も注射されたので苦痛で仕方なかった。それなら朝に抜くなよと再び思う。果てには3回目の点滴も場所が悪く危うくもう一度となる所だった。
昼食前の血糖が急上昇して輪をかけて不機嫌になる。幸いお粥ではなくパンだったので少し喜ぶが、バスク風という謎の鶏肉と野菜の煮込みものが出てきてこれがタマネギのオンパレードであった。ここまでタマネギを食べるとさすがに慣れてくる。昼食後は糖尿病教室で食事療法について学ぶ。これを機に料理を勉強しようと思うが、一般的な糖尿病患者はカロリー制限があるのに対し私は入院で体重がかなり落ちてしまったので寧ろ太る事が必要であった為、余り役に立たなかった。この日は風呂が使える日だったので入浴したが、点滴の処理が大変だった。挿し直しではないだけマシなのだが、チューブを外して点滴の注入部分だけ残しそこをサランラップで何重にも巻いて防御するのである。
夕方、ケトンが検出されたことを受け研修医の先生がインシュリンの増加を伝えに来た。次の夕食から食前は全て8単位になるらしい。又、今回のケトン検出によって恐らく1型だろうという事も聞いた。夕食前の血糖値は中々良く安心していたら就寝前が高く、良くなっては悪くなるといういつものパターンになっていた。

9月6日
血糖値→深夜102、朝食前154、昼食前164、夕食前206、就寝前226
インシュリン→8‐8‐8‐就寝前ランタス6単位
深夜の血糖測定で初めて正常値に収まり、眠いながらものすごく喜んだ。朝食前も今までと比べれば悪くなく、良い1日のスタートを切れた。検査もなく、この日まで続いていた蓄尿も今日で終わりであった為、今までにない程晴れやかな気分であった。
昼食前はやや高かったが、それでもこのまま行けば初の全部200未満になるのではないかと期待する。お見舞いに来てくれた友人と話していると主治医の先生に呼ばれ、正式に1型糖尿病と診断される。個人的には糖尿病よりも動脈硬化とかの方が危ないと思っていたので他の検査結果を聞いてみたところ、糖尿病以外の要素は至って健康らしい。1型糖尿病にかかったことと同じくらい驚いた。高校1年生の時から一人暮らしを始め、相当乱れた生活を送っていたので絶対に高脂血症などになると思っていた。この時インシュリンポンプを勧められ、後日業者の方と面談することになる。他にも体重減少について相談したら食事の量を増やしてもらえることになったし、お粥が嫌だと言ったら翌日の昼から普通のご飯に変えてもらえた。ものは言ってみるものである。ちなみに、お粥になった理由は糖尿病に良いからではなく、来院時の自覚症状の一つに胃腸障害を挙げていたからお粥の方が食べやすいと思ったからだそうな。配慮してもらってありがたいが、もっと早く言っておくべきだった。
夕食前に研修医の先生がインシュリンの追加を伝えに来た。今までは超速効型のヒューマログというものを注射していたが、今度は持続型のランタスというものを加えることになった。夕食前の血糖が200を超えたせいで全て200未満の夢は絶えたが、それでも良くなっていることは分かった。就寝前の血糖が226だったので初めて全て250未満の日となった。これまた初めてのランタスを打って就寝。深夜の血糖測定がないらしいので久々に安眠できそうであった。

1型だと診断されてどの様に考えるかは人それぞれですが、私の場合は2型ではなくて良かったと思いました。2型は基本的に生活習慣の乱れが原因です。つまり、自分があの時身体を労っていればこんなことにならなかったのに…と後悔刷ることになります。一方、1型は完全に運が悪かっただけです。自分の責任ではありません。その分理不尽さはありますが、私の場合「なったものは仕方ない、運が悪かった。その代わりに俺は悪くない」と思えました。恨むことはあっても後悔はしなくて良いのです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hi-lite

Author:hi-lite
北海道出身
北大理学部を中退、理科一類を経て東大工学部へ進学
Twitter:@hilite69
趣味は書道、ドライブ
2014年9月より1型糖尿病(IDDM)患者

カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
リンク
ブログ内検索
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。